niwaradiの雑記

デレマスその他漫画アニメ関連の感想。

シンデレラガールズは終わらない

ほかの二次元アイドルの活動終了を知って悲しくなる今日このごろ。

ラブライブはいいんだよ。あれはスクールアイドル=青春であって卒業まできっちり描いていくコンテンツだから。

アイマス界もミリオンのGREEのゲームが終わったり、本家が思ったよりは売れてないみたいな現実を突きつけられると、今は全盛期のシンデレラガールズもこのまま盛り上がっていけるのか不安になる。一番の不安要因はシャニマスで、新しいこと始めるのはいいんだけど正直言うと人や運営のリソースが流れるみたいなのは嫌だなって。そんなことはないと思いたいけれど。

 

 

シンデレラガールズにはそれこそ半永久的に輝いていける素質があると思うので、シンデレラガールズの良さをもっと発信していきたい。金だって落とす。今は儲かりまくりだと思うけど仮に将来的にピンチが訪れたって、言ってくれれば寄付だってするプロデューサーいくらでもいるよ。だから運営はモバゲーもデレステも毎年のライブも間違っても終わらすな。あと新アニメ「アイドルマスターシンデレラガールズ2(高雄監督)」を作ってくれ。

信者から見たアイマス~宗教で何が悪い

こんな記事を読みまして

pumpkinsword.hatenadiary.jp

コメントでも言われているように城ヶ崎美嘉とみりあと二次創作と声優の話題に関して時系列メチャクチャな要約をして知らない人に嘘を広めるのはやめろ、というのはあるのですが(アニメ17話について熱いアイマストークに耐えられる人は下の記事など読まれるとよいかと)、

hetablo.hatenablog.com

アイマス沼に嵌ってる人を宗教だとか薬物中毒だとか喩えるのはまあその通りかなと。それを止めるのは至って健全なことであるし、引き止めるのもよくないことであると思います。

 

ところで世の中には宗教や薬物について理屈抜きで拒否反応を示す人もいて、最初の記事の著者もそれっぽいところがありますが(勿論宗教詐欺、教祖の命令による犯罪、違法薬物の使用や所持は法により裁かれます)、神道や仏教も宗教だし、酒やコーヒーも成分的には薬物だというのを完全に失念しているなと。これらが悪くないかと言われればいろいろ害もあるのですが、まぁ要は宗教にも良い面はあるし、薬物にもマイルドに楽しめるものはあるわけです。

 

※酒やコーヒーが嫌いという方もいますがどちらかといえば少数派でしょう。日本人の宗教アレルギーと神道・仏教への無自覚さは強くて「神様も仏様も信じてない、全ての宗教は悪で自分は宗教とは全く関係ない」っていう人もそれなりにいそうなんですが、そういうことは初詣やお祭りや法事諸々を全部否定してから言えという話です。(私も無神論者ですが宗教には批判的であると同時に寛容でありたいと思っています。)

 

既に「薬物依存者」の立場からからアイマスへの嵌り方について記事を書かれた方もいるようです。

hagyou.hateblo.jp

 

私は前々からアイマスって宗教だなと感じてきたので、一宗教信者の視点から書きたいと思います。まあそもそもアイドル=偶像崇拝だから二次元だろうが三次元だろうが要は宗教なんですけどね。

 

※敢えてアイマスがほかのアイドルやアイドルアニメに比べてより宗教らしいところは何かというと「終わらないこと」でしょうか。三次元のアイドルは年齢を重ねると割りと若い内に辞めちゃうじゃないですか。でも二次元のアイドルたちは年をとらない。しかもアイマスはラブライブと違って決して卒業、解散を描かない。有終の美という考えもありだとは思うのですが、「永続性」は人間が求める一つの理想の形だと思います。でもだからこそどうやって辞めようって話が出てきたのが冒頭の記事なのでしょう。

 

1、自分について

アイマスはもうかれこれ十年以上も続いていて、さきほど私は一信者と申し上げましたがアイドルマスターシンデレラガールズのアニメからにわかです。仏教に喩えるなら浄土真宗をかじって信仰しているけれど小乗仏教はさっぱりみたいな感じだと思います。これからアイマス教(シンデレラ教)の紹介みたいなことをしようと思いますがこれらの運営会社と特に利害関係はないです(念のため)。

 

2、神様について

神様というか要はアイドルについて。とにかくカワイイ、美しい、素敵!中身も空っぽではなくてキャラクターに人間性や生き様を感じられるようになっています。アイマスはとにかくキャラクターがいっぱいいるので、漫画アニメ・ゲーム等の二次元絵文化に親和性のある方ならきっとお気に入りのアイドルを見つけることができるでしょう。

 

3、経典あるいは聖書について

元はゲームから始まってアニメ化というのが基本なのですが。幅広いメディアミックスがされています(私は本家アイマスは漫画「アイドルマスター2 The world is all one!!」から入りました)。いっぱいあってよくわからなくなるけれど、全部見ている人はそこまでいないと思うので、人が勧めているものを適当に見るとよいかと。私はシンデレラ推しなので、物語を楽しみたい人にはアニメ「アイドルマスターシンデレラガールズ」(全25話、シンデレラガールズ劇場じゃないほう)、てっとり早くビジュアルや音楽から入りたい人にはスマートフォンゲーム「アイドルマスターシンデレラガールズスターライトステージ」をオススメしますが、本家のアニメやゲームも評判がいいのでそちらからでもよいかと思います。もちろんミリオンライブも熱心に勧める人が多い気がしますし、男性アイドルのほうが好みならSide Mのほうがよいのかもしれません。

※余談になりますが、神様に関する公式でない神話や伝承もたくさん存在していまして(ギリシャ神話や風土記みたいなもの?)、SSやら同人漫画やらニコニコ動画のノベマスやら二次創作が盛んな分野でもあります。キャラ崩壊や解釈違いの問題もありますが、こういったものに対する寛容さは公式に感謝すべきでしょう。

 

4、偶像について

アイマスはとにかく偶像崇拝なのですが、きっと昔の人も仏像を眺める時ちゃんとそういった視点を持っていたのでしょう。今はよほど熱心な仏教徒か仏像オタクでもないと仏像を見て感激することはないのでしょうが。アイドルの絵や踊っている姿を眺めると心が癒やされます。

 

5、宗教音楽について

曲は私も全部すごく好きってわけでもないのですが幅広い楽曲を様々なアイドルが歌っているので、アニソン好きの方なら好みの曲が見つかると思います。特に個々のアイドルの持ち歌は「キャラクターソング」という観点から見た時に、そのキャラクターらしさが活かされる素晴らしい曲揃いであると思います。(声は皆合ってるんだけど歌が上手いかは声優さんのタイプによるのでガチの音楽好きの人は抵抗があるものもあるかもしれませんがそれは二次元キャラなのでそういうものだと思ってください)

 

6、宗教芸術について

フィギュア等を飾るのも一興であるかと思います。またpixiv等をみればアイドルのキャラクターをテーマに描いた絵がたくさん見つかります。宗教画ですね。ニコニコ動画ではアイドルがゲーム実況したり将棋を指したりする様子も見られますが、自分の趣味や得意分野を神様と結びつけちゃうのは、江戸時代の数学が得意な人たちが算額といって幾何学の問題を神社に奉納していた話と少しだけ似てるんじゃないかなと。

 

7、神様との接し方

アイマスのファンはプロデューサー(P)と呼ぶのが習わしです。ゲームではプロデューサー視点でアイドルをプロデュースするというところから来ています。もちろんそういう妄想に浸れると一層楽しいですし、それは引くという人はラブライバーやモノノフみたいな単なる呼称と考えてもよいかと。ゲームでアイドルたちは割と甘い言葉をかけてくれますがアイドルたちが自分のことを好いていると考えるか、あるいはアイドルと恋愛をすることが許されるのかは解釈が分かれるところです。二次元のキャラクターなので自分の妄想の範囲で好きにしてよいかと。

 

8、巫女さんについて

最初の記事で声優さんを神の使い手と書かれていますが、だいたい合ってると思います。要は巫女さんです。信仰の対象にするのはおかしいという考えも正しいと思いますが、巫女さんは十分神社に行く動機になりますよね(オタク向け意見)。みんなかわいい(嵌った人の主観)。シンデレラ以外は詳しくないのですが、キャラクターとの相性で正にこの人といった人選がされています。中には早見沙織さんや東山奈央さん竹達彩奈さんみたいな有名な声優さんもいますし、新人さんもいるし、あるいはちょっと変わった経歴を持つ人や、本業は声優じゃなくて舞台とかなんて人も、いろいろ多様性があってよいと思います。

 

※最初の記事の話題。「お前は声優が言うことは正しいと思うのか?じゃあ声優が死ねと言ったらお前は死ぬんだな」みたいなアホな議論はおいておいて、声優さんの言動について。どうしても分けて考えたいという人と、キャラクターの深掘りに絡みあるいは逆輸入があってもいいという人どちらもそれなりにいると思います。あまり議論しないほうがよさそうな感じ。個人的には城ヶ崎美嘉役佳村はるかさんの自分のロリコンをキャラに逆輸入しないで欲しい発言はちょっと悪手だと思っていて、そもそもは美嘉が本当に妹思いのお姉ちゃんでそこにちょっとシスコンっぽい要素をだすと面白いなっていう視点から来ているネタでもありプラスに変換できる話でもあるので、こういう清濁のネタを飲み込む度量がないと塩見周子、島村卯月、高垣楓のように総選挙1位にはなれないのではと思うのですが、それはともかく佳村はるかさんは自分のキャラ思いでとてもかわいいです。

 

9、信者の義務

特に義務はないといっていいと思います。一般良識外の禁止事項もないと思う。ほかのアイドル宗教と兼ねてはいけないということもないです。ただ中には最初の記事を書かれた方のようにログインやらイベント、ライブへの参加などを義務的に感じてしまうようになる人もいるかもしれません。自分が楽しめるのが一番だし、運営や声優さんもそう思っていると思うのですが。お決まりのコールとか、サイリウムとか、謎習慣のスポンサー名合唱もまわりに強制するものじゃなくて、まわりと合わせてノレれば楽しいくらいのもので、過度に同調圧力を感じてしまうのはこじらせ過ぎではないかと。

 

10、経済的な負担について

大原則として貧乏人は金を払わずに信仰しても構わない、だいたいの宗教と同じ。とはいえアイマス、デレマスの課金は嵩みがちなので悪名高い。私はアニデレのDVD、最近のCDやらライブBlue-ray、デレステのスカチケ等で多分まだ十万円いってるかいってないかくらい。「一日80円ガチャ」(ネタで納税といわれる)も回す日は回すけど結構怠っている。納税というよりははおみくじマニアが毎日おみくじを引くような感覚かと。一般の人だとこれでも金かけすぎって思うかもしれないけど、これくらい払わないと巨大なコンテンツの維持・高クオリティ化・発展・拡大は無理という話をさせていただきたい。アニメーターの経済的な苦境を嘆く人が一方でアニメ商品を全然買ってないとしたら盛大な矛盾なわけで、お金払うのは大事。供給過多ともいわれる声優さんにもせめてアイマス関係の人にはいい暮らしをして欲しい。逆にお前の課金は少ないとおっしゃる課金者の方、申し訳ありません。さすがに生活を切り詰めるのはどうかと思うが余裕のある人がお金出すのは問題ないし寧ろ推奨されるべき。宗教に喩えるなら、新宗教はいわずもがな、寺の檀家さんも相当寄付してると思うし、神社仏閣の立て替えとかそうとう巨額になると思うからマシなほうではあると思う。

 

11、狂信者の問題

世の中には熱狂のあまり社会に迷惑かけちゃう人もいて、お隣のラブライブなんかはそれで随分ディスられた印象あるのですが、アイマスに対してもそういう話をしたがる人はいて、門戸を広く開いている分、世の中どんな集団にもいい人も悪い人がいるのは当然だと思うんだけど。こういうのをすぐに宗教批判に結びつけちゃうのは危険で、有名なお寺に所属していてもこじらせて金閣を焼いた人もいるし、有名神社だと宮司職を巡って切りつけ事件があったけど、神社仏閣全部潰せって人はいないよねって話。

 

12、アイマス教を信じるメリット

デメリットについて長々と書いてしまいましたが、ムキになってガチャを回しすぎないよう気をつけておけば困ることはないかと。アイマス教に入るとゲームをより楽しめます。アイドルのことを考えると心が癒やされます。私のように女の子の友達が全然いなくてもアイドルがいてくれれば救われます。

 

でもそもそも別に信者になる必要はなくてアイマスを好きな人が増えると嬉しいなと。旅先の神社にふらっと立ち寄る感覚で、あるいは地酒の味見をする感覚で是非アイマスに手を出して見てください。向かなければ去ればよいし、向いていればどんどん嵌っていけばよいかと。

大義名分がないと作品を楽しめない人たち

こんな記事読んだんだけど

 

arrow1953.hatenablog.com

 

言ってることはだいたい正しいと思うんだけど、「人間のクズ」を批判で終わらせちゃうのはなんだかなぁと。この記事を書いた方は人の不幸は一緒に悲しまなければという聖人なのでしょう。是非日々不幸を生み出す社会への怒りと悲しみに浸りながら社会問題の解決に邁進なさってください(口だけでなく)。そもそもカイジを読む事自体に人の不幸を見て楽しむクズ的な娯楽要素があるはずなのですが、

 

「持たざる者「カイジ」が知略を駆使して自らを特別と思いあがる兵頭たちを荒唐無稽なギャンブルで勝利する姿が爽快かつ痛快なんだけども全編に漂う「金!」「金!」「金!」な世界観にゲンナリさせられることも多い」

 

漫画一つ読むのにこういう大義名分が必要なのですか。世の中金という世界観はダメですか。たしかに最近アニメとかの感想でも勧善懲悪じゃないとだめとか、もっとご都合主義に正しい人が報われて悪人が制裁を受けるエンディングじゃなきゃ納得できないとか、力を持つものは社会正義のために行動しなければならないとか、個人的な欲望や動機で生きてる登場人物が許せないとか言う人いるんですけど、なんか何事も正しくて規範通りじゃないといけないとか窮屈だなあ。

 

私は捻くれてるから「正義の味方」が過剰な暴力で「悪」をリンチするっていうのがずっと続くだけの話とか寧ろ嫌悪感湧いてくる。善悪じゃない人情とか、結局力のあるほうが勝つとかそういう要素があるほうが面白い。そこで視聴者が楽しんでいることの本質が暴力でありポルノであったとしても。

 

このテレビ番組だって借金ある人拉致してゲームさせるわけじゃなくてちゃんと賞金あげるんだからいいじゃないですか。200万円はちょっと安いような気もするけど。本人たちもテレビに出たいってことは自分の不幸を自分で笑えるような人たちなんだから一緒に笑いましょうよ。下手な同情とかガチで説教する奴とか寧ろ気持ち悪い。そういう人たちこそこういう人は見下されるべきみたいな変な規範が働いているのでは?

 

週刊誌の芸能スキャンダル記事とか楽しめずにガチで怒っている人を時々見かけますが、そんなにきれいごとや上辺だけの世界で生きたいのでしょうか?週刊誌に公権力と戦う正義の味方的な立ち位置を求める人とかいるけど、文春の姿勢はマスコットキャラの「文春くん」を見れば一目瞭然。完全に愉快犯のゲス。でもそれがいいんです。偽善者が一番嫌い。

 

アニメ漫画の話に戻すと、ヒール主人公、コードギアスのルルーシュとか、デスノートの夜神月とかいいですよね。彼らをカッコイイって言うためにいちいち正当化する人いるんですがそういうの不要です。ただおもしろいからいい。へうげものの古田織部は武将や茶人としての生き方も凄いけど、欲望や卑怯さが魅力にもなっている。さばげぶっ!の園川モモカや霊剣山(特に2期)の王陸なんかもゲスっぷりが素晴らしいです。

 

実在の人間に反倫理的なことはすべきでないが、子供向けでない創作の世界は善悪から自由であって欲しい。

"結城友奈は勇者である"と太平洋戦争

また結城友奈の話。

東郷さんの愛国設定とかよくも悪くも戦前の日本を思い起こさせるアクセントが多いので、それに触れずには語れないと思う。国を守るために戦うことを美化してるかと思えば勇者=兵士の代償がエグかったり、大赦=政府+靖国神社が悪いかと思えばそんなに悪意もない描写をされたりと複雑なところがあるので、国防と自己犠牲の重要性を説いてるとか戦争を美化していて悪いとかいう巷の左右両派にありがちな短絡的な文脈では語れない。

味方=土地神様なので一見神道賛美なのかと思いきや、話が進んでみると敵=天照大神(天皇家の祖先とされる神様)なので戦前だったら即発禁な内容なんだけど神道に詳しくないのか排外主義なだけで皇室賛美からは遠いのかアニメクラスターにもそこそこいるであろうネット右翼っぽい人たちも特に騒いではいない。

 

以前勇者は特攻隊をモチーフにしてると思ってたんだけれど、つい最近女性が犠牲になっていてもっと悲惨な話を読んだ。貼っておいて難だけどこういう話が苦手な人は読まないほうがいいかもしれない。(私は平和な時代に生きる人は決して戦争を煽らないということさえ守れば何も知らずに呑気に生きてもいいと思う。)

 

gendai.ismedia.jp

 

gendai.ismedia.jp

亡くなった娘たちはどういう存在なのだろうか。現遺族会会長に訊ねると、少しの間をおいて彼は答えた。黒川開拓団の「守り神」であると……。」

 

犠牲になった側からすればひどい発言なのですが、こうなってしまう現実。

未だに戦争になったら戦死した自衛隊員を靖国に祀るかを一番に議論したがる人がいるという、最後は犠牲者(英霊)の祭り上げ、戦後も変わってない日本の残念なところ。

 

こういうのをモチーフにした話を絵的には完全にマイルドにして現代風にしてファンタジーなテイストに包んでなおかつグサッと刺してくるのが「結城友奈シリーズ」の凄いところ。登場する女の子たちがいい子すぎる(+それゆえただただ可哀想って反応が起きがち)っていう問題はあるんだけどああなれって言ってる話でもないんだろうな。

 

こういう時誰が悪いかって話をしたがる人たちがいて、若い女性を差し出した開拓団が悪いとか、住民を守らずに逃げた満州の旧日本軍が悪いっていえばそうなんだけど、それをしないと彼らも死ぬわけで。

ソ連兵が悪いっていうのは当然そうなんだけど千万人単位で犠牲になった独ソ戦あるいは焦土作戦について知っていると少し見方も変わるかもしれません。

善悪ではなく戦争では最後は弱い人達が犠牲になる。

 

結城友奈はまだ結末が全然見えないわけだけれど、第二次世界大戦との連想でいくと

四国以外の国土を取り戻して勝利エンド=大日本帝国勝利

バーテックスと和解エンド=日ソ講和

になるといくらなんでもご都合主義すぎる。

かといって

滅亡エンド=日本滅亡

だと全員殺してストーリー処理した観が拭えない。

ジリ貧で戦いを続けて滅びゆくか、あるいはそこにに多少の理不尽さが存在しても敵からの要求を飲む(=ポツダム宣言受諾)という方向に進むとそれっぽいけど果たしてどうなるか。

 

エガオノキミヘって鷲尾須美じゃなくて乃木園子の歌なんじゃないの?

シンデレラガールズについて書くつもりのブログだったのですがなかなかまとまらないので別アニメについて。

 

既出かもしれませんが気付いたことがあったので。

鷲尾須美は勇者であるのOP「エガオノキミヘ」を聞いてていい曲だけど歌詞がなんだかしっくりこないなと思っていたのです。三森すずこさんが歌っているので主人公鷲尾須美の歌と当然解釈するものだと思い込んでいて、歌詞を須美から園子の想いとすると「おかえり」のあたりとかなんだかいろいろしっくりこないなと。ここは友奈への想いも込められているっていう解釈は見かけたんですが、須美→園子を逆にして園子→須美とするのが一番しっくりすると気付きました。

 

いくつかポイントを挙げていくと

「見返したアルバムの中で」

結城友奈は勇者である最終話後に記憶やアルバムを取り戻したかもしれませんが、須美=東郷は過去の記憶や記録を没収されている。

 

「ただいまと言ってね」「きっとすぐに迎えに行く」

ただいまというべきは須美のほう。迎えに行ったのは園子。

 

「ねえずっと待ってたよキミのことを。おかえり私をもう二度と置いてかないで」

ずっとがあるので東郷→友奈より園子→須美と解釈したほうが自然。

 

あとこれは共感してもらえるかわからないのですが、キミの二人称は須美らしくない気がしていて、園子→須美のほうがしっくりくる気がするのですがどうでしょうか?

 

そうは言っても歌ってるのは須美役の三森すずこさんじゃないかと思われる方もいるかもしれませんが、歌詞の対象になっているほうに歌わせるという手法には前科があります。結城友奈は勇者であるOP「ホシトハナ」も勇者部の5人が歌っていますが、歌詞を読めば神樹様→勇者部への歌なのです。ストーリー的に「咲き誇れ」と自分たちで歌えるはずがないですから。「エガオノキミヘ」と「ホシトハナ」の作詞者はどちらも中村彼方さん。

 

それにしても

「キミを連れて駆け出すよ誰も追いつけない場所へ」

の部分に少し不安を感じるのは考え過ぎでしょうか。アニメ版では見ませんでしたが鷲尾須美小説版では園子が東郷の暴走を教唆するような台詞を言っていたと記憶しています。

いずれにせよストーリーと合わせて心に響く曲です。

 

 

 

ハッピーエンドだろうが朝放送しようがけものフレンズの闇は変わらない

(デレマスについて書くブログのはずだったのですが書きたいことあれば好きなこと書きます。元々書きたいことだけ書きたい性格だしダイアリーにしたほうがよかったかな。ちゃんとアイマスの闇についても書きたいのですがまとまらないので。ちなみにけもフレは1話からニコニコ動画とニコニコ生放送で視聴しております。本当に流行ってよかった。)

 

 けものフレンズ再放送おめでとうございます。現在ドイツ勤務中なので再放送あろうがなかろうがCrunchyrollで見るからいいのですが、新たに見る人やもう一度見る人にけものフレンズの優しさと共生のメッセージが届くといいなと。

 

 けものフレンズは初期の頃は結構「闇が深い」と結構言われていたと思います。

honeshabri.hatenablog.com

↑出典その1、けもフレについての最も秀逸なレビューの一つですね。

 

 ヒトがいなくなって廃墟になった世界観が怖いみたいな話は結構言われていてバッドエンドあるいはジャパリパークがディストピアな可能性を指摘していた人も多かったと思うのですが、この記事あるいは多くの視聴者が感じた「闇」はそこじゃないんじゃないかなと。記事ではけものフレンズが動物としての人類を見つめ直すアニメと指摘していますがそこが鍵なのだと思います。少し内省すれば人間の闇も見えてくる。

 

 

けものフレンズの闇その1~動物園~

 そもそも動物園自体が人間の闇みたいなもので、元々権力者が動物を檻に閉じ込め見せびらかすための施設であったと認識しています。それは庶民の娯楽でもあり、人間による動物の支配の象徴でもありました。むやみに動物を捕まえるのがよくないと人々が思うようになると動物研究・教育・啓蒙といった役割が存在理由となり、動物愛護の時代になると希少な種の保護・繁殖が強調されるようになりました。露骨な檻は減り、表面的にはガラスや堀の区切り、中はより自然に近い環境で飼育されることも多くなってきました。それでも過激な動物愛護団体は動物園の存在そのものに反対しています。そこまで過激にいかなくとも、作中で一度取材があったフクロウカフェの是非等は議論がありますね。肉食獣をストレスの多い環境で飼うのは慎重になるべきとも思うのですが、ハリーポッターとか見るとヨーロッパでもフクロウは飼ってよい動物と認識されてるような気がしてよくわからないです。観光用の鷹匠とかもいますし。

 テレビの動物番組でより野生に近い姿が見られることもあって動物園の人気は落ちていく傾向にあったようですが、けものフレンズは動物の仕草の見方や動物を見ることによる癒やしを思い出させてくれました。IQが下がると同時に賢くなった気がします。

 

 

けものフレンズの闇その2~オスのいない世界~

 男性のオタク受けを狙っているというメタ的な事情もあるけど、それにとどまらないのがけものフレンズ。美少女動物園という言葉は時に非常に的確ながら批判的な響きもあるけれどそうなったのには理由がある。

 メスを巡る争いは結構深刻です。動物の場合は種内の縄張り争いも結構えげつないのが多いです。人間は殺人をするが動物は同種を殺さないと言われた時期もありますが、実際そうでもありません。子孫を残せず野垂れ死ぬのでは殺されないからといっていいわけでもないし。理想郷としてのジャパリパークを描く上でそれを解決する方法が各種メス一匹のみという方法です。各種オスメス一匹ずつでもよかったって?別種族間の恋愛との兼ね合いの問題とか考えたくないし次の世代が問題でしょ。

 フレンズ化後、人間の場合を考えても男女が混じっていることが醜い争いを生むことはわかりきっていること。嫉妬・性欲・嫉妬・独占欲......もう絶対ろくなことにならない。子どものような純粋な気持ちを持った存在としてフレンズ描けばいい?「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」とか見てから言ってください。ちゃんと納得できるカップリングを組んでおけばいいって意見もありそうです。そういうの嫌いじゃないですけど、でも性格のいい美男美女のカップル見るのって私のような性格悪い独り者には精神的負担になる時もあるんですよ。ジャパリパークが理想郷でも視聴者の心に闇背負わせちゃ駄目でしょう。

 同性愛はいいんですよ。三角関係ができたとしても三人で仲良くすればいいって現実はならないだろうけど我々の妄想の中ではそれで解決もできるので。男女混合三人でみんな仲良くは性的なこととか考えても考えなくてもいろいろと難しいでしょうね。

 さて男だけにするか女だけにするか。

 腐女子は逆のこと考えるんでしょうけど、男っていうのは本当に穢らわしくて駄目な生き物なんです。男性なら自分の性欲と内に秘めた凶暴性を理解することがあるはず。その点女の子は清くて優しいというのが交友関係のある女性が少ない男性の幻想です。

 だから女の子だけにするのは萌えというよりは平和を求めた必然の結果です(ほかの女の子だけ出てくるアニメも多分にそういう要素はある)。こういうのを男性視点と批判するのは容易です。でもそういう人には、ドロドロした世界かリアリティない世界にせずに描くにはどうしたらいいの、恋愛が美しいっていうのは強者の理論じゃないのって問いたいです。

 かばんちゃんの性別に関する議論をしていた人がいたと思いますが以上のコンセプトからすれば女の子であることは自明です。ボーイッシュに描かれているのは視聴者の男性が主人公に感情移入しやすいようにというメタ的な事情です。サーバルちゃんには一つの理想のヒロイン像という要素もありますね。

 

 

けものフレンズの闇その3~肉食の廃止~

 肉食動物は本来草食動物を食べます。これをフレンズ化したあとにやったらシュールでグロいことになるので、フレンズはジャパリまんなるものを食べているという設定になっています。ジャパリまんが野菜からできていること、体が人間化したことによって肉食獣でも栄養はなんとかなることが作中で語られています。フレンズ化の強みの一つですね。この部分はベジタリアン的な食事の勧めとも解釈でき動物園嫌いな動物愛護運動家も満足だと思うのですが、日本では広まらないかなということもあり多分軽く触れています。欧州人は意識が高いのか宗教的なのか菜食主義者は結構多いですが。ジャパリまんじゃないですが植物由来の肉っぽいものもいろいろあって栄養バランスもとれるみたいです。

 入手がラッキービーストたちを介した配給制によるのもポイント。食料が争いの種になることを回避しています。ジャパリまんの数には余剰があり通貨の代わりに。お金も争いの元ですし。理想郷らしく高度な文明に支えられています。

 

 

けものフレンズの闇その4~ヒトという種の罪~

 ジャパリパークにとっては異物であるヒト。今では「パークの危機なのだ!」はギャグでしかないですが、最初聞いたときにはヒトの存在がこの世界に害なのではと悲しくなりました。文明が争いを生む危険に思い至った人もいるかと思いますが、それ以前にヒトは多くの動物を滅ぼしてきた種です。トキの歌を聞いた時はその衝撃と共に歌詞に申し訳ない気持ちを覚えましたが、かばんちゃんがオーロックスに槍を突きつけられたときはドッキリしました。結局はパークの危機もオーロックスの攻撃も結局は勘違いで済み、ヒトであるかばんちゃんも受け入れられていく。ヒトという種の罪深さを意識するほどけものフレンズの優しさが心に染みます。

 

 

けものフレンズの闇その5~高度な文明とAI~

 ジャパリパークの異物その2、ロボット。個人的には第一話中間のしんざきおにいさん登場とラストのロボットの登場で第二話以降の視聴継続を決めました。サーバルちゃんがボスが喋ったことに驚くのがポイント。ロボットは人間に従うのが原則とはいえラッキービーストがヒトとフレンズをはっきり差別してしまうことはちょっとした怖さがありました。想定外の事態に弱く、「まかせて」と言ってはすぐにエラー。文明の危うさを象徴する存在でもありました。最後にはラッキーさんがフレンズに話しかけられなかった理由も明かされ、優しい心を持っていたこともわかるのですが。

 

 

こうして見ていくとけものフレンズが人間に自分たちの闇を気付かせつつ、そういうポイントをなんだかうまく優しさと共生つなげてくれていっているアニメだなと。性別とか格差とかはどうしようもないんですがそれはおいておいて。さらに強いメッセージを感じたければこんなの↓を見るといいかもしれません。男体化注意!!

【けものフレンズ】「センチメンタル系ポストアポカリプスおじさんのためのけものフレンズ」漫画/ヒデロ [pixiv]

 

 

でもまぁやっぱりそんなこと考えずに見たほうがよいのかもしれません。

 

nyalra.hatenablog.com

新たにけもフレを見た人がたのしー!と思えるといいなってことに尽きるかもしれない。

 

 

ジャンプのマンガと性暴力性についての議論

創作のあるいは二次元の世界にまでフェミニズム的な「正しさ」を押し付けてくるのは、男尊女卑の時代の女性に対する抑圧を考慮しても表現・文化に対する抑圧だと常々思っている私ですがもう少し真面目に考えてみました。

 

 

私は、正当で行使が許される暴力(警察や自衛隊の仕事)や、合意があり別にしても構わない性暴力(愛好者によるSMプレイやマイルドなところだといわゆる壁ドンとか)もあると主張する人なのですが、本項では暴力や性暴力という言葉を犯罪あるいは倫理的に反するものに限定して使います。セクシャルハラスメントは性暴力に含めます。

 

ゆらぎ荘の幽奈さんの絵が狭義の性暴力に当たらないことは、以下に述べられており有効な反論も見つけられていません。あくまでラッキースケベなので。

 

miurayoshitaka.hatenablog.com

 

では何が問題なのかというと、要は女の子が嫌がっているのに脱がせるのは「性暴力的」だという話ですね。

 

davitrice.hatenadiary.jp

 

上記記事に引用されている以下の記事が興味深かったです。

女性が嫌がったり恥ずかしがったりしているのをエロいとする「エロコード」が含まれていると。

wezz-y.com

上の記事には納得してしまった私ですがああいう表現がある種「性暴力的」だったとしてそもそもジャンプって「暴力的」表現に溢れてるよなとも思います。ラッキースケベが偶然によって肯定されているのと同様、戦いは勧善懲悪によって肯定されているのですが、ワンピース他多数のマンガでやってることはそれなりに「暴力的」なわけです。性暴力のほうが暴力より嫌悪を抱きやすいのはその通りですがそれは暴力の陰惨さに関する想像力が欠けているのではないかなと。五体満足のまま相手を気絶させられるのはファンタジーの暴力で、実際の暴力は痛いし辛いししばしば後遺症も残りますよね。

じゃあ「性暴力的」なものと「暴力的」なものをなくしてマンガ描けばいいんじゃないかというとそういうのをなくして面白い漫画ができないとは言わないけど、そんな漂白された世の中でいいのかなと。暴力的な嗜好も性暴力的な嗜好も男性の本能に基づくものでそれを理性でコントロールしているから人間なのでは。

子供への影響とか言う人もいますがこの犯罪率低い日本でこれ以上強力な犯罪抑止策をとらなくてはいけない理由はなんなのか?犯罪は恐ろしい。でも前科者や病気の人はともかく一般人にまで診断による攻撃的人間の排除・矯正とか薬物、あるいは脳への働きかけによるコントロールとかやりだしたらディストピアまっしぐらだ。そこまでいかないまでも完全にクリーンな表現・創作だけの世界っていうのも何か人として違うのではないかなと。

ラッキースケベで恥ずかしがる女性に対し、感情を抑え自然に紳士的に振る舞う男性を作ることはできるだろう。私もそうありたい。けれどラッキースケベに目を取られない喜ばせないように作られた男性って(元からそういう性格ならいいんだけど)去勢されてるのに近いんじゃないかなと。いやそれならまだいいんだけどそういうまっさらな状態のほうがいざ刺激的なものに接した時危険な状態になりやすいんじゃとかいろいろ思うところあります。

 

少し話逸れますが表現規制とかエロとかに関しては下の記事に納得でした。

anond.hatelabo.jp

 

 

 

一方でゆらぎ荘のゆらぎ荘の幽奈さんではセクシャルハラスメントを決して良しとしないなどジェンダー的配慮が見られるとの指摘もあります。

outception.hateblo.jp

上の記事を読んで「ゆらぎ荘の幽奈さん」ちょっと読んでみようかなという気になりました。

 

 

ただでさえ叩く人いるのに飛び火すると嫌なのであまり挙げたくないのですが私はジャンプにその前に連載されていた同じハーレムラブコメ系列?の「ニセコイ」が好きで、こちらはエロ描写は本当に控えめなのです。その分男女の関係については随分保守的だったり結婚後の将来や仕事や生活みたいなものについてはろくに考えていなかったりするのですが(これは幼いころ夢見たような恋愛と結婚をテーマにした本作の特徴であり、どこか切ない雰囲気と限りないピュアさを演出する不可欠な要素なのです)。

さらに余談ですがToLOVEるは嫌いです。好きな人気分を害したら申し訳ありません。

 

 

様々な議論が噴出していますが、ゆらぎ荘が好きか嫌いかはよく読んだ上で各々が決め、行動に移したければこういう点が好きこういう点が嫌いとジャンプのアンケートに書いて編集部に送ればよいと思います。日本の場合、反対運動とかは企業が「お客様」相手に萎縮したりするからやめてほしい。こういうのは信念なき萎縮・忖度・配慮のほうが間違っているというのは正論なのですがそれが変わるまでには相当時間がかかるでしょうね。読者の賛否以外の怪しい力で番組が放送中止になったりマンガが打ち切りになったりするのは嫌なので、ゆらぎ荘が嫌いな人もある程度自重されてほしい。